※ただのつぶやきです_φ(・_・
理論がある確かな事は信じても
不確かなものは根拠がないので信じるまでには至らない場合が多い気がする
不確かで見えない世界の話はこういったところが大きく関わっていると思う
ただ
見えなかったとしても人は別の感覚で物事を感じていることも多い
本当は人がそういう不確かな事に
心理的にも肉体的にも大きく影響されていることになかなか気づけないし
感じ取っているという事実で起きている体の反応さえも
それが原因だって事を理性が働き受け入れることができない(*_*)
自分は鈍感な人間だから・・・。と制限をかける事が自分自身のハートの感度を下げていく要因だと思う
例えば
ぼんやりしていて不確かだけど
これは何かできそうだなって思う出来事
もしもそんなの絶対ムリって思ったら
そもそも実現しない
まずは
可能性を感じているなら
実現すると信じて行動してみても良いのではないか??
この不確かだけど感覚的に確信を感じる領域に踏み込める行動や意識を持てるかどうかが
手ごたえの無い信じられないような大きな変容を何かに起こしていくということになる
手ごたえはなかったけどなぜそれができたのかを考えて
それを人に説明できるレベルまで追求する
そうすると
答えは意外にシンプルだったりする
答えが明確で確実な事だとしても
受け入れられない場合は
人間が成長していく過程でインプットされた理性が制限をかけていることが原因なのです(T_T)
ただ
どんなことも実現可能だと言うと弊害がある
理性から生み出された人間のエゴから生まれる願いや夢
そういう場合は
それを使用するためにたくさんのルールが生まれ
ほとんど実現不可能な方向に制限がかかっていくことになる
自分にとっては確かな事が他人からは不確かな事だと気づき
一人で追い続けていた人生の真理
最近は
ラッキーなことに自分と同じ感覚
それ以上の存在と多く出会い
万能ではないが視覚で捉えることがあたりまえな自分だった事で
たくさんの素晴らしい人達からサポートを受けて
本当に生まれてきてよかったと思う( ´ ▽ ` )ノ
今日からまた温かい気持ちで学びをさらに深めもっと人間くさく人間らしくありたいと思った
昨夜は
そんな思いにソウルの兄がさせてくれた
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